秘密の日常

宇良乃のウラの顔 ※閲覧注意

また離れ離れ

彼を隣に感じることも束の間、私達は駅に向かった。
日の傾いた暗い車内でふいにキスをされる。

"またすぐ会えるよ"

彼はそう言って笑ったけど、私は固い表情で頷くことしかできなかった。

そうして私達はまた日常に戻る。
その後の連絡はいつもよりも盛り上がった。

ところが次の日仕事の合間に連絡を確認すると嫁に感づかれているという内容だった。
そこから連絡の時間に制限がかかった。

家に居ない時間にしかやりとりはできない。
私の中で彼は大きな存在に戻りつつあるのに、彼への壁は厚くなってしまう。

以前関係を持っていたときはこんなにも考えることはなかったかもしれない。
どうして今更、彼を思ってしまうんだろう。

バカだなぁ

とりあえず休憩。

会いたくて苦しい。
そう思うけど、素直に口に出せない。

始めから彼には好きとも言えてない。
不完全燃焼のまま今に至ってる。

もしも好きって言ったらどんな顔するんだろう。
信じても貰えないのかも。

この関係を続けてても未来なんて見えないと分かってる。
どうこうなるわけじゃない。
もし進むストーリーがあるとすれば、それはバッドエンドしかない。
だから好きだなんて言葉にはなんの意味もないし。
その言葉を捧げてなんになるって言うのか。

分かってる。
分かってるんだよ。
そう言い聞かせるしか、自分自身を救えない。

結局私は私が可愛くて、彼を困らせることができないだけ。

バカだな。
頭では分かってるつもりでいるのにね。

会いたい。
寂しい。
こんなに彼のこと考えてるなんて、おかしい。

明日は休みだからなあ。
今頃ほろ酔いで帰って、家族の顔を見て、嫁に笑って、明日の予定なんか立ててるかもね。

もっと早く出会ってればとか、生まれ変わったら私を一番にしてなんて叶わないこと言わないけど。
未来の約束なんてもの無くていいから、一時間でも会いたい。

ただ、それだけなのに。

共に居た日

私は始終緊張していた。
もうこんなに脈拍が速くなることなんてないと思ってたけど、私の心臓もまた凄くうるさかった。

そのままその夜がずっと続いたらいいのにと思った。
そのせいであまり眠りにつくことができなかった。

この旅が終わりを迎えたら次はいつ会えるのか分からない。
彼の腕枕の中、私はネガティブなことばかり考えていた。

朝が来て一緒に食事をして、もう一度温泉に入ってチェックアウト。

その後は私の行きたかった場所へ連れていってくれて、名産品を食べたりした。

日が傾いてきた頃、私はとてつもなく寂しくなった。
そんなとき彼が連れていってくれた場所がとても綺麗で、その景色に息を飲んだ。

壮大な大自然の中二人きりで、風はちょっと冷たくて、悲しくなった。
"行こうか"と背中を向けた彼の腕を引っ張って抱き締めた。

沈黙の中冷たい風が通っていく。
泣きそうで言葉を選べなかった。
それに気づいたのか彼が口を開く。

"ここまで来てくれてありがとう
会えてほんとに良かった
また会おうね"

私はその"また"を全面的に信じたいのに、昔から彼に会うときは思っていた。
今日が最後かもしれないって。

"また、だよ"

私はそれだけ返して、暫くその体温を感じた。

私は自分が結婚したことを彼に報告していなかった。
先に言ったらもう二度と会えないと思ったから。
その日初めて報告すると彼は非常にショックを受けていた。
言わなければ良かったとも思ったけど、隠し続けることは無理だと判断した。

それから彼と久しぶりに直接たくさん話をすることができた。
ドライブがてら色々な所へ連れていってくれて、とても楽しかった。
どこへ行っても紳士的な対応の彼にドキドキした。

日が傾いてきた頃宿へと向かった。

これまでの間私と彼は触れ合うことはなかった。
私も、多分彼も、久しぶりの再会にかなり緊張していたと思う。

宿は古いけど綺麗で、いいところだった。
無類の温泉好きの私はそれも楽しみにしていた。

夕食には早い到着だったため、温泉に入ることにした。
温泉はお湯の質も良くて、冷えきった体もよく温まり幸せだった。

温泉から上がるとちょうど夕食の時間になり、乾杯。
二人でお酒を飲むのも本当に久しぶりで、色んな話を聞くのも楽しくて、明日には帰るんだと余計なことを考えて勝手にしんみりしていた。

夕食を食べ終えてから部屋に戻ってまた飲み直した。
始めは向かい合って座ってたけど何かくだらない理由をつけて彼の隣へ座った。

こんなときに限って全然お酒が効かない。
全く酔ってこない。
それでも隣にいる彼に触れたかった。

私はそっと彼の肩にもたれる。
頭を乗せているのは肩なのに、彼の心音が鮮明にバクバクと聞こえた。

彼の手が私の髪を撫で、顔の輪郭をなぞる。
次の瞬間、彼に唇を塞がれた。

再会

私はその時、その日が訪れるのが怖かった。
そんな反面、すごくドキドキもした。

私は自分で仕掛けた罠に嵌まった。
その3ヵ月間は期待と不安に苛まれ続けることになる。

3ヵ月の間に連絡が途絶えることなどなかった。
以前より連絡への執着はなくなったため毎日ではなかったが、返さないことも返ってこないこともなかった。

忙しい日常を繰返し、ついに一週間前へと時は進んでしまう。
夫にはずっと言えずにその日のことを黙っていた。
嘘の理由もあれこれ考え、日頃からよく家に帰らないスタンスを取っていれば良かったとも思った。

夫への報告も切り抜け、その日を迎えた。

移動時間はそれなりに長かった。
数年ぶりの再会に緊張が走る。
そのため自分が思うよりも時の流れは早く、あっという間に目的地に辿り着いた。

改札を抜けてスマホを開く。
"着いたよ"と連絡しようとしたその時、私のキャリーバッグが引きずられた。

顔を上げると数年前と変わりのない彼が、私を見ている。

「お疲れさま。
久しぶりだね。」

私は戸惑いながらも笑い返した。

新たに始まる

そこからまた私達は連絡を取り合い始めた。
何歳になったとか、今仕事は何してるとか、他愛もない会話を一日のうち数通していった。

連絡し始めて暫く経った真夏の休日、私のメンタルは少し落ちていた。
なんの刺激もない日常をつまらないと感じていた。

恥ずかしい話、あまり家庭が裕福でない。
専業主婦にはなれない性格ではあるけど、家事をこなしながらの正規雇用、要はがっつりの共働き。
結婚したら扶養に入って、週3辺りでパートでもしようなんて浅はかな期待をしてた。
それができない現状。
子供なんてもっての他。

私の中では随分前からそういう類いの不満が溜まっていた。
友達もそれぞれ子供ができた人も多く、そんな報告に落ち込む。

私は段々、旦那との情事が辛く感じるようになった。
とにかく痛くて、集中もできない。
前はそんなことなかったのに、病気にでもなったのかと不安になった。
何より楽しいとも良いとも感じない。
極力避けたいとさえ思う。

そんな中彼に癒しを求め、呟いた。
"秋辺りに旅行でもしたいなー。"

すると彼は"遊びに行こう"と言ってくれた。

正直迷った。
彼に会えば確実に旦那を裏切る。
彼を振り切る勇気は私にはない。

だから少し間をあけて"3ヵ月先辺りに"なんて曖昧な返事をした。
その3ヵ月の間にもしかしたらまた連絡が取れなくなるかもしれないし、なんて思って。

彼から帰ってきた言葉は、私のそんな気持ちを簡単に崩すものだった。

"3ヵ月先に宿を取ったよ。"

そのまた続き。

寂しい気持ちはあったけど、当時は決まった相手がいるよりも自由な日常が良かった。
彼には戻る場所がいつもあるわけだし、同じ時間を過ごしながらも諦めは常にあった。
だからわりと平気だった。

友達も多くて、毎日楽しくやってた。
そんな自由な生活を繰り返してくうちにやがて自分にも彼氏ができた。

軽い気持ちで付き合い始めた。
飾ることもなく気楽に付き合っていた。

その彼氏とは同棲を始めて、元々好きだった料理のレパートリーも増えた。
あまり甲斐性はない彼氏だけどそれなりに幸せだった。

数年が過ぎていく中で、私も未来を考えて真面目な仕事に就き、家族に紹介され、その彼氏と入籍した。

時代は変わりガラケースマホになった。
私も皆と同じようにアプリのツールで連絡を取るようになった。

するとそこに以前終わった彼が友達として追加された。
忘れたわけではなかった。
思い出したりすることもあった。
でも今更連絡なんて、できないよね…。
暫くは彼を見つけてからも連絡を取ることはなかった。

ある日、旧友との連絡が取れて久しぶりに会うことになった。
それをきっかけに昔の思い出に浸った。
この時に彼の事も考えた。

返ってこなくても、忘れててもいい。
元気にしてるかだけ聞いてみよう。
そう思ってしまった。

"久しぶり。
元気にしてますか?
誰か分かんないかな"

そんな内容を送信したと思う。
半ば諦めながら送ったのに、すぐに返事は来た。

"久しぶり。
元気だよ。
連絡くれてありがとう。"

私は当時の記憶を鮮明に思い出してしまった。